能登町の小木を除く旧内浦地域はかつて木郎と呼ばれ歴史豊かな地であります。この地区の旧道、尾根道を復元しノルデックウォーキングのコースとしました。
コースは古窯跡や侵食凝灰岩台地、城跡、埋設林が珪化した遺跡、木曽義仲の側室「巴」の塚跡などを周遊する変化に富んだもの。
のとネットでも紹介

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能登町木郎歴史古道


あまめはぎ面
@アマメハギ公園


アマメハギとは、立春前夜、節分の夜に子供達によって行われる伝統行事。子供達は鬼の面を着け、子供達の冬の間の怠けた心を戒める。この大切な行事の記念公園です。 ⇒詳しく見る
アマメハギ情報館    0768-72-8080
ミソメ窯跡発掘現場
A河ヶ谷ミソメ窯跡


この窯跡は、平安時代末期から鎌倉時代前半に操業されていたもので、珠洲焼の中では古い段階で、検出例も少ない為、この時期の窯の構造などを考察する資料として貴重な遺跡です。
能登町教育委員会 0768-72-2509
ヒデッ坂と呼ばれる凝灰岩台地
Bヒデッ坂


木郎地区の尾根道にはヒデッ坂と呼ばれる凝灰岩台地が点在し、長年かけて侵食した凝灰岩は恐竜の如しの感があり、あたかも異次元世界へ迷い込んだかの景観です。日本のカッパドキア! ⇒詳しく見る
秋吉公民館 0768-72-0006
末次城跡石碑
C末次城跡


松波城の出城の性格を持つと考えられ、天正5年(1577)上杉謙信の能登侵攻の際、同城とともに落城したとされます。この時、同城の姫や近隣26村の者が集まったと言われています。
不動寺公民館     0768-72-0059
珪化木公園の珪化木
D珪化木公園


約2500万年前の日本海側の大規模な火山活動に伴う火山灰の降下、推積によって枯死・埋没した樹木が、さらに凝灰岩層の中で長年の間に珪化したものが多数見られます。 ⇒詳しく見る
能登町ふるさと振興課  0768-62-8532
Eおとらの長持ち


不動寺の和田谷内と言う谷の立岩に「おとら」と呼ぶ女ぎつねが住んでいて、何でも出てくるおとらの長持ちを持っていた。おとらの長持ちは、今でも山の中のどこかにあると伝えられている。 ⇒詳しく見る
不動寺公民館   0768-72-0059
巴御前塚跡の石碑
F巴御前の塚跡


尼となった巴は義仲の菩提を弔うため、ゆかりの人々を訪ねて諸方を行脚した。能登にも義仲有縁のひと日置氏がいた。日置の人々はその来訪を記念して巴塚を建てたと伝えられています。 ⇒詳しく見る
奥能登ござい   0768-72-0085
●秋吉のアマメハギ公園を起点とする一周約9キロのコースで前半は標高90b程度の尾根道となります。
●ヒデッ坂は迷い易いので経験者以外はガイドの同行が必須。案内センター(左記)迄お申し込みください。


〒927-0612 石川県鳳珠郡能登町秋吉6-70  天野 登
TEL 090-3293-0060 FAX 0768-72-8080 レンタルポール有り
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